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確実に壊れていく母。 [遠距離介護(母。)]

母の施設のご担当から定期連絡を受けた際

「お母さま、実はこの前」

母は自身で保管している通帳と印鑑の場所が分からなくなり
ひとしきり騒いだ挙句
ご担当さんがそれを見つけた先は

部屋のバスルームの 洗面器の中だったそうな



いよいよお金のこととか貴重品の保管もままならないということになり
あれこれすったもんだの末 



現在 母の通帳とカードはワタシの手元にある。


可能な限り施設での生活とそれにかかわる金銭授受は
口座振替で賄うよう手続きした。


貴重品の保管場所 どころか

時々朝食や夕食のことも失念している

もう初夏なのに

「どうして山には雪がないのか?」などと聞いたりする
分かりやすい形で認知症の特徴が出てきた。
今日は何日かなんてとっくに言えないが


季節も分らなくなっているようだ。



それでいて自分の誕生日は忘れないんだよこれがな
こういうところが介護判定時にはやっかいなリスクであると思う


もはや世話になっている施設の大看板である『自立支援』なんぞからは
何万光年
ほど遠い生活となっている

にかかわらず

今年度の母の介護度は 3 から 2 になった


どこが改善してるっちゅーねん
どういうこっちゃ

もしも 口頭で訪ねた時に速攻で言えたら◎、という
自身の生年月日が 判定の重要なキーであるなら

元気だったころサラリーマンだったじいさん連中は
死ぬまで名刺だけは非の打ちどころなく綺麗に出せるのがざらに居るのだが

それは 現役の頃に刷り込まれた条件反射だ。


自身の名前、という『記号』に反応しているに過ぎない
現に

ではそれを書類に書いてみてと差し出すと


そもそもその年月日が
いったい誰の誕生日であるのか途端に 覚束ない母なのであります。
季節や時間の概念がどうやら失われていくようで

一年前に痛めた足の事とか
いまだに
「なかなか治らないんだよ」という
(もちろんとっくに治っている)

母にとっては一昨年転んだことが
つい先週の出来事のように思い出されるらしく
実際そういう記憶としていつも上書きされている。

いつも口にしている

「着る服がない」というのは

ワードローブが少ないという意味で多用していたものが
その意味を変えて

何を着ていいのかわからない状態を自分なりに説明したものだということに
最近気が付いた。
タンスは開けるものだ、ということすら覚束ないので
捜せない = 無い という理解になるらしい。

でもってしつこいようだが

唐突に「あなたの誕生日は?」

と誰かに聞かれて

…キチンと云えるんだなこれが(;^_^A


しつこいようだが判定には不利でしかない。


フツーに世間話をしていて突然クラックのごとく
辻褄のおかしなことを言うので

(いわゆる 「まだらボケ」という状態だろうか)

油断がならない

その辻褄、を知らない人からすれば
健常者 と変わりないから 困りますね


通帳とカードを預かるまでの次第は苦労の多いものだったが
関係者各位に迷惑がかかるのも困るのでその話はまた
次の機会にいたしとうございます…


(古っっっっっ)



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